ユニットバス

 

ユニットバスにちゃぽんとぬるま湯に浸かりながら「はぁ~」と今日もため息をつく。
見上げるとやる気なさげなシャワー口が上からあざ笑う様にこちらを見つめ、ガラガラと煩い換気扇がぐるぐる回っている。

 

 

人工的に無理やり作った檜の香りで心を持ちこたえさせながらまた1つ「はぁ~」っとため息をつく。

 

 

一体何やってるんだろう?
このままじゃいけないって毎回思うのに、時間は止まったまま。。

 

 
自分なりに必死にもがいてもがいてもがき苦しんだはずなのに、いつまでも「ここ」にいる。

 

 

アクセルとブレーキを一緒に思い切り踏んで只々疲れ果ててる。

もう、逃げられる所までは逃げたはずなのにな。。

 

 

だらだらと流れるお湯の様に、息をしているだけでも時間は流れる。

変な焦りや、脱力感や無力感だけが自分の中に渦巻いていて、何色にも染まれない自分がガラス玉の中から助けて欲しいと無言で訴えてる。

 

 
ガラス玉に閉じ込められた自分自身を開放してやるにはどうすればいいの?

その最後の最後に必死で訴えている目にどう答えてやればいいの?

どうすれば、自分自身も楽になるの?

 

 

 

ふと、いつの間にか離れていった奴らを思い出す。

きつかったんだろうなぁって漠然と思う。

そして、もう会えない事実を突きつけられる。

 

 

 
俺は毎日何をやってるの?

このままでいいの?

そんなはずはない!
だからこそ、1歩まで行かなくても半歩でもいいからと必死なのに。。

 

 

 

ただ1つだけ何となく分かった事がある。

その先には、ぼんやりとかも知れないけど必ず光があると言う事。

 

 

 

必死になってしがみついてる事ってホントに長い目で見て必要な事なの?

どうしても手放せない物って、ホントに必要?

無理矢理手放されたら、一時的には辛いかも知れないけどホントはその方が近道なんじゃないの?

 

 

 

多分、自分自身が一番分かっているんだと思う。

多分、自分自身が一番知っているんだと思う。

多分、自分自身が一番感じているんだと思う。

 

 
全力で逃げて逃げて逃げまくってもどうしても「それ」を手放さないといけなくなった時。

初めて仕方なく向き合うんだと思う。

そして、戦わないといけないんだと思う。

 

 

 

それは案外戦ってみたら大した事じゃないかも知れない。

何で今までつまらない物にしがみついていたんだろうと思う事かも知れない。

もっと早く手放すべきだったと思うかも知れない。

 

 

 

どうしようもない、無力感。

どうしようもない、敗北感。

どうしようもない、現実。。

 

 

 

それが与えてくれる物ってホントは案外、思っているよりも良い世界かも知れないよ?

ガラス玉の中の自分を助ける事が出来るのは、今の自分しかいない。

だからこそ、何とも言えない気持ちの中で息苦しくも生きている今は最大のチャンスかも知れないよ?

 

 
ユニットバス

そんな空間ですら今は有難く思う。。

 

 

 

 

読んでくれて有難う。

繋がってくれて有難う。