未来の自分へ

嵐の前の静けさ。。

嵐の前の静けさ。。

一生懸命頑張っているはずなのに結果が出ずに悔しい思いをする期間ってあると思う。
こんなに頑張って、疲れ果てているのに、全然前に進まなくてしんどい時期。。

 

「それってホントは嵐の前の静けさであって、喜ぶべき事やと思うよ?」

 

俺自身も結果主義的な部分が大きいからどうしても0から1にと目に見えて進んでないと、

落ち込んだり、イライラしたり、やけになったりもする。

 

でも、大なり小なり皆あるんやと思ったりもする。

それなりに自分独自の解決法で何とかしのいでるんやとも思う。

 

それが本気であればあるほど焦りもプラスされて、

救いようがない位自分を責めたりするけど、

ホントはちょっと違う様な気もする。

 

 

 

「それってホントは嵐の前の静けさであって、喜ぶべき事やと思うよ?」

 

 

知っての通り嵐の前って妙に静か。。

そして、なぁーんも動かない。。

それを見て、あなたは自分の責任だ!とか落ち込んだりするだろうか?

嵐が来るのが分かっているのに自分を責めてない?

 

 

 

 

「それってホントは嵐の前の静けさであって、喜ぶべき事やと思うよ?」

今、どうしても何も出来ないとか頑張れないと思っていても、

息をしているだけで人間って成長していると思う。

 

昨日の自分が知らなかった事を今日の自分は知っているし、

明日の自分は更に別の事を知ったり、体験するかもしれない。

 

じっとしててもお腹が空いたり、眠くなるのと一緒で嫌でも成長している。

自分ではそう感じてなくても、確実に人生の1分1秒は容赦なく減っている。

 

そして、確実に老化していってる。

 

 

 

そんな中嵐の前の静けさが訪れてるとしたら、ガツンと動くチャンスやん!

 

 

あなたがすべきことは、嵐の前の静けさに意識を置くのではなく、

嵐が来た時に「今」何をすべきか?を考える事じゃないかなぁ?

 

 

 

誰にだって嵐が来るタイミングがある。

嵐が来る前に準備していた人はその風を追い風にして一気に進み出す。

何もしていなかった人は、被害になってしまう。

 

 

 

強い風がくるんやで?

 

向かい風も上手く活かせば追い風になる。

 

あなたの船の帆は大丈夫?

 

大きなチャンスといった嵐が来た時にちゃんと破れない様なしっかりした帆になってる?

大きなチャンスといった嵐が来た時に追い風に出来る策は練ってる?

大きなチャンスといった嵐が来た時に全てを受け入れる準備は出来てる?

 

 

 

嵐もチャンスもそんなに沢山は来ない。

それがどういった形や大きさであれ、受け入れる体制が出来ていなかったらあっさりと逃してしまう。

 

 

次の素敵なステップに大きくジャンプするチャンスがもう、そこまで来ているよ?

 

 

嵐の前の静けさって、その予告の様な物。。

 

動けない結果みたいなつまらない事でもやもやしなくても、

ホントは大きくジャンプして走り出した自分を想像してワクワクしても良い事かも知れないよ?

 

 

嵐の風をどう上手く自分に取り込むかはあなた次第。

いくら大量の幸せが降って来てもあなたに受け取る器が無かったり、小さければそれだけしか受け取れない。

 

 

どうしても動けなくて悩んでいる今。

 

本当にすべき事は何?

羽ばたく準備は万全?

 

 

 

それを決められるのはあなた自身だけ。。

もう、そこまで嵐はやってきてるよ!

 

 

読んでくれて有難う!

繋がってくれて有難う!

 

 

 

masapi21(まさぴ21)

ユニットバス

ユニットバス

 

ユニットバスにちゃぽんとぬるま湯に浸かりながら「はぁ~」と今日もため息をつく。
見上げるとやる気なさげなシャワー口が上からあざ笑う様にこちらを見つめ、ガラガラと煩い換気扇がぐるぐる回っている。

 

 

人工的に無理やり作った檜の香りで心を持ちこたえさせながらまた1つ「はぁ~」っとため息をつく。

 

 

一体何やってるんだろう?
このままじゃいけないって毎回思うのに、時間は止まったまま。。

 

 
自分なりに必死にもがいてもがいてもがき苦しんだはずなのに、いつまでも「ここ」にいる。

 

 

アクセルとブレーキを一緒に思い切り踏んで只々疲れ果ててる。

もう、逃げられる所までは逃げたはずなのにな。。

 

 

だらだらと流れるお湯の様に、息をしているだけでも時間は流れる。

変な焦りや、脱力感や無力感だけが自分の中に渦巻いていて、何色にも染まれない自分がガラス玉の中から助けて欲しいと無言で訴えてる。

 

 
ガラス玉に閉じ込められた自分自身を開放してやるにはどうすればいいの?

その最後の最後に必死で訴えている目にどう答えてやればいいの?

どうすれば、自分自身も楽になるの?

 

 

 

ふと、いつの間にか離れていった奴らを思い出す。

きつかったんだろうなぁって漠然と思う。

そして、もう会えない事実を突きつけられる。

 

 

 
俺は毎日何をやってるの?

このままでいいの?

そんなはずはない!
だからこそ、1歩まで行かなくても半歩でもいいからと必死なのに。。

 

 

 

ただ1つだけ何となく分かった事がある。

その先には、ぼんやりとかも知れないけど必ず光があると言う事。

 

 

 

必死になってしがみついてる事ってホントに長い目で見て必要な事なの?

どうしても手放せない物って、ホントに必要?

無理矢理手放されたら、一時的には辛いかも知れないけどホントはその方が近道なんじゃないの?

 

 

 

多分、自分自身が一番分かっているんだと思う。

多分、自分自身が一番知っているんだと思う。

多分、自分自身が一番感じているんだと思う。

 

 
全力で逃げて逃げて逃げまくってもどうしても「それ」を手放さないといけなくなった時。

初めて仕方なく向き合うんだと思う。

そして、戦わないといけないんだと思う。

 

 

 

それは案外戦ってみたら大した事じゃないかも知れない。

何で今までつまらない物にしがみついていたんだろうと思う事かも知れない。

もっと早く手放すべきだったと思うかも知れない。

 

 

 

どうしようもない、無力感。

どうしようもない、敗北感。

どうしようもない、現実。。

 

 

 

それが与えてくれる物ってホントは案外、思っているよりも良い世界かも知れないよ?

ガラス玉の中の自分を助ける事が出来るのは、今の自分しかいない。

だからこそ、何とも言えない気持ちの中で息苦しくも生きている今は最大のチャンスかも知れないよ?

 

 
ユニットバス

そんな空間ですら今は有難く思う。。

 

 

 

 

読んでくれて有難う。

繋がってくれて有難う。

 

Top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。