絶望。。

今自分に降り注いでいる事で絶望的になってしまう事ってあるよね?
大きさは人それぞれだと思うけど、何とか頑張ろうとすら思えない、完全な敗北感。

頭が真っ白で何をどう考えたって無理!って時。
今のあなたはどう?

今まで一生懸命やってきたつもりだったのに、見た事も無いような大きな壁が出現して、
「あー、これ、マジ無理だわ。。」
でもなぁ。。と色々と複雑な気持ちを一人で抱え込んで、小さくまとまってしまってない?

つまらない小さな世界で、堂々巡りを繰り返してない?
俺は、しょっちゅうだな。
でもね?
そんな時って、必ず頭の中だけでどうしかしようと思って全然動いてないねん。
多分、ちょっと休めって自己防衛機能が働いているんじゃないかと思う。

だから、気が済むまで休んでみるのもありなんじゃないかな?って俺は思うよ。

勿論、そんな時間や余裕がない時だって山ほどある。
だからこそ、絶望的になって「諦める」んじゃなくて、「休む」んだよ。
絶望的になれるってのは、それまで頑張ってきた証だと思わない?
頑張りもしてない奴に絶望感何てあると思う?
頑張って、頑張って、頑張って、色々我慢して、それでも頑張って、そこに大きな壁が出てきて。。

そりゃあね?
誰だって絶望的になるもんだと思うよ?
そこで「諦める人」と「休んで再度頑張る人」で差が出るんだと思う。
色々な絶望的な事ってあるけど、案外皆似たような部分で、その関門を通過するんだと思うよ。

それは、ある事を知っているか、知らないか?だけの違いだと思う。
そう!
「可能性」

絶望的な時程、可能性が限りなく0に見える。
敢えて見えると言うのは、「可能性」は誰にだってあるのに、堂々巡りしている時って殆ど見えなくなる物だと思うから。

今、あなたがチャレンジしている事を、ある意味バカにしたり、出来っこないよ!って、諦める様に促す人が沢山いるかもしれない。
でも、そんな人達って、その言葉に責任何て一切持ってないんだよ?

その人達の言う通りに「諦める」を選択したら、必ず納得いくバラ色の様な人生が待っている何て保証は全くないし、
そんな事を言う人達に限って、自分の言葉に、責任何て一切持たないし、仮にあなたが反発して「可能性」にかけた結果、上手く行っちゃったら、すり寄って来る様な人達なんだよ?

鵜呑みにして、今までの頑張りを無駄にする気?
それで、あなたの人生は満足なの?
あなた自身後悔しない自信はあるの?

今、少し疲れて見えていないだけの「可能性」を簡単に捨ててしまうの?
勿論、俺だって他人だから、あなたにとやかく言うつもりもないし、言う権利だってないだろう。
でも、その昔、只々空を飛びたいと思った人達は、周囲に何を言われても飛行機を作ったし、今や月に人間が辿り着いたり、地球の裏側に一瞬でメールが送れたりするんだよ?
その人達が「可能性」を信じなければ、未だに「地球は丸い」といったガリレオを馬鹿にしていたかも知れない。
想像出来ない位の「絶望感」の裏側には、必ず
想像出来ない位の「可能性」があるんだよ?
その「可能性」を、
あなたが必死に追い求めていた「可能性」を、
誰もが想像すら出来なかった「可能性」を、

捨ててしまうのも、諦めるのもあなたの自由。
そして、少し休んで、実現するのもあなたの自由。

踏ん張るのは、いつ?
読んでくれて有難う。
繋がってくれて有難う。