オンラインとオフライン

オンラインとオフライン

今日は別の仕事で、色々と指導に当たったりして、くたびれてました。
昨日、業務用のTwitterのアカウントがまさかの凍結にあってしまい、処理をしてたら、寝るのが朝の5時前になってしまって、仕事大丈夫なのか?とか思ってたのですが、何とかずーっと上り坂の会場まで久々のチャリ移動出来ました。

いつも早めに行くので、遅れ気味に行ったら、担当のおばちゃんが心配してましたけどね?

で、帰りに、ちょっと1杯のつもりで、たまに行く日本酒の美味しい店に寄ってみたら、次々に知り合い登場。
完全に帰るタイミングを逃してたら、お客さんの方がまぁ、同業者的な方でして、紹介したい人がいると言われ、待機する羽目に。。

確かに仕事上では凄くいい縁なんですけど、仕事が終わった感いっぱいで、飲んでたので、急遽の出会いに感謝しつつ、この場で名刺交換もどうなん?とか思ってました。
まぁ、ご縁を頂けるほうが有難い事だと思うので、結果的には良かったし、これからの可能性を考えると、面白そうなんですけど、何か微妙。。

昔から羨ましく思うのが、オンラインとオフラインの使い分けがきっちり出来る人なんですよねー

帰ってから、うたた寝してしまって、結局、挨拶メールを夜中に送ってる自分を見ると、どんな仕事をしていようが、ずっとオンラインで、オフラインへの切り替えが下手くそだなぁって思います。

今、受け持ってる仕事でも、何時までは受付するけど、それ以外は翌日ね?って割り切れるといいし、それをするべきなんだろうけど、夜中であろうが、メールを返したりしちゃう自分がいます。
それで信頼は得てるのかもしれないけど、休むとか手を抜くってホント下手くそだなぁって毎回思います。

だからこそ、オンラインとオフラインの使い分けがキッチリ出来る人って単純に凄い!って思っちゃう。

だらだらやるより、そっちの方が効率もいいんだろうけど、自分にとっては難しい作業。

色んな世界を見たいと思って、過去には色んな仕事を体験したけど、結局ずっとオンラインだった気がする。
勿論、それでずっと続くわけはなく、結局仕事を辞めるって方法でしか、オフラインになれなかったから、成長しないなぁってつくづく思うわ。

親父が仕事人間だったからその影響かもしれないけど、今は時代が違うんだし、臨機応変に対応出来ればいいのになぁ~

もっと様々な面で、余裕が欲しい。。

自分次第とか考え方次第なんだろうけど、プラプラしている様で、結局は糞真面目なんだろな。

いい悪いは別として、オフライン、もっと真剣に考えないといけないなと思う今日この頃でしたとさ。
今から、数時間、頑張って?オフラインしまーっす!

繋がってくれてありがとう!

きれい

きれい

今日、仕事の帰りに、トイレと一服する為に途中で寄る公園があるんやけど、少しの時間、ぼーっとベンチに座って、高架走ってる電車を眺めてた。
通勤帰りの人達が沢山乗ってる電車を見ながら、昔ってあんまりいい気持ちはしなかったのね?

 

で、酷い時は、自分勝手に、人の迷惑すら考えずに、もし、線路に自分が居たら。。なんてアホな事考えてた頃を思い出した。
痛いとか感じるんかなぁ?とかその後どうなるんだろう?とか、つまらんことを考えてた時期。。

人間って追い込まれると、何をどう考え、しでかすか分からないもんやね?
そんな人間も色々見てきたし、超えてはいけない一線を越えてしまった奴らもおる。

 

今の状況が良かろうが悪かろうが、日本人の大好きな「普通」だろうが、同じ状況ってずっとは続かないのにね?
勝手に明日も生きてて、同じ様に生活出来るって「想像」しとる。
そんな保証、どこにもないのに不思議やな。

 

幼稚園児位の女の子が、「ママ!」「ママ!」って言いだして、何だろう?って思ったら、俺の後ろを指さしてる。
それを見た、お母さんが、「うん、きれいね!」って答えた。

2人の中では、以心伝心なんだろうなぁ、何となく振り返ると、凄く綺麗な夕焼けがあった。
俺も子供の頃、同じように素直に綺麗って感じて、それを嬉しく思って、誰かに伝えたい!とか思ったりしたのかなぁ?

 

 

夕方から夜になるその「瞬間」綺麗だなと思うと同時に、地球がいかに早く回ってるのかとか、この綺麗な時間ってホント短いよなとか感じたりする。
そして、明日も見れるって、勝手に「想像」してる。
そんな保証、どこにもないのに不思議やな。

 

世界にはまだまだ想像を絶する程、綺麗な景色や、綺麗!って思わず口に出してしまう様な事って沢山あって、その大部分を知らずに人生終わってしまうと思ったらもったいなくて仕方ない。
ネットが発達した今で、いくらグーグルアースとかを使って、世界中のあらゆる景色とかが見れるとしても、やっぱり「綺麗を感じる」ってそんなに体験出来るもんじゃないもんね?

でも、その「綺麗」は、ホントは、何気ない日常の中にも沢山あって、気が付かなかったり、いつからか「当たり前」になってしまって、「綺麗を感じる」事が出来なくなってるだけなのかもしれないね?

 

公園の女の子に、色々と気づかせてもらった気がする。

一線を越えたり、判断を誤らなくてよかったー

「生きてて良かったー」

 

ここまで読んでくれてありがとう!

 

あなたに出会えた事に感謝!

 

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